ここは《一次測量天測》ページ



 このページでは、一次測量の際に、伊能勘解由翁が 北極出地度(緯度)を実測して得たデータを収録した
  「測地度説」(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)
を、当サイトの管理人が解読した資料を紹介しています。

 この「測地度説」は、老朽化した気象庁旧庁舎から、1964年に新築の庁舎に移転した際、気象庁の図書館に勤務していた 「土屋巌」さんが発見したものです。
 したがって、伊能忠敬関係のバイブルとされている「伊能忠敬、編著者:大谷亮吉」が刊行されたのが大正6年(1917)ですから、編著者である大谷亮吉もその存在を知らなかったことになります。
 また、今一つの伊能忠敬関係のバイブルとされている「伊能忠敬の科学的業績」が刊行されたのは、測地度説発見後の1964年ですが、この測地度説には触れていませんから、編著者の保柳睦美も知らなかったと思われます。

 伊能勘解由翁が北極出地度(緯度)を実測して得たデータは、これまで三次測量の「北極高度測量記
  (伊能忠敬記念館所蔵)
だけがわかっていたのですが、この測地度説には、一次測量と二次測量において伊能勘解由翁が実測して得たデータと
そのデータから求めた北極出地度(緯度)
とが掲載されていました。

 特に、この測地度説<人>の巻は、一次測量の実測データなのですが、そこには、これまで伊能測量における北極出地度(緯度)の求め方とされていた「比較測定法」で使う「極差」が表現されていません(伊能測量要諦ページ参照)。

 つまり、一次測量では「比較測定法」で北極出地度(緯度)を求めたのではなく、伝統的な方法(赤道緯度を用いる方法;伊能測量要諦ページ参照)で求めていたのです。
 そのことを、不肖、このサイトの管理人が見つけ、伊能忠敬研究会会報(第90号)で発表させていただきました。

 その測地度説<人>の巻に記載されている恒星の名称を、現在の星座の名称で書き加えたものがこちらです